木葉功一先生は安田弘之先生からのご紹介です

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漫画はよく読んでいたんですか?
そんなに読んでないです。子供の頃に読んだのは『デビルマン』『ブラックジャ ック』『宇宙戦艦ヤマト』といった定番です。あとは小説読んでました。10才く らいの時は平井和正の『ウルフガイシリーズ』が大好きで、背伸びして読んでい ましたね。漫画は読むより描く方が好きで、『ヤマト』を真似して鉛筆描きで 500ページ描いてみたり。中学生の時は1時間のアニメーションをたった一人で作 ろうなどと恐ろしい事を考えてましたね。でも、高校に入って興味が他に移って しまった。
他に目指しているものがあったのですか?
高校一年くらいの時に自分で8ミリカメラを買ったのをきっかけに、映画製作の 方にのめりこんでしまったんです。学校サボッて映画ばかり撮っていた。学園祭 で二年間撮りためた作品を上映したりしました。高校卒業後はそのまま映像系の大学に進みました。
映像関係の仕事ではどのようなことを?
大学を卒業後、京都のスタジオを経て東京で助監督をしつつ、映画のシナリオを 書きためていました。23才の頃、Vシネマ向けに書いてみないか?という話を製作者の方からいただき、何本か準備稿を書きましたが、あと一歩というところで実現しなかった。自分の能力が足りなかったのもあるけれど、作品の出来不出来とは別のところに山ほどハードルがある世界だということを思い知らされました。懇意にしていただいたライターさんから『シナリオライターは割り食うからやめとけ』と何度も言われた。そんな先の見えない生活を続けながら職業を転々としているうちに、『また漫画描いてみようかな』と思ったんです。
今まで描いてないのに不安はなかったんですか?
無かったです。自分のイメージやアイディアに自信があった。映画がダメなら他の形を試してみたかったんです。バイトを一月休んでペンを使って初めて漫画を一本描きました。でも、仕上がったのを見て『こんなんじゃダメ』と思い、そのまま押し入れに突っ込んでほったらかしてたんですけどね。
漫画家になるきっかけになったのは…?
20代の後半に父が亡くなって、実家の新潟に2年ほど帰郷しなければならなくな りました。やけくそで押し入れの原稿を『アフタヌーン』の四季賞に投稿したんです。そうしたら帰郷後数ヶ月して、『大賞です。おめでとうございます』という電話が入った。冗談だろ?と思いましたね。で、その後ネームのやりとりをしたのですが、これがまた全然通らない。やっぱり甘くない、潮時が来たかな、と思った。ところがネクタイを絞めるつもりで東京に戻った翌日、同じ講談社の『モーニング』編集部から連絡が入りまして。実家を離れる前に最後の悪あがきでそちらの方にもイラストを送っていたのですが、それを見た編集者(現在の担当です)が『もう漫画を描く気はないんですか?連載狙えますよ、やりません か?』と言ってくれた。心の底を見抜かれたように思いましたね。あの出会いが漫画家になったきっかけです。それから1年後、本当に週刊連載を持つことができた。
ラッキーでしたね。週刊連載ではプレッシャーがあったのでは…
もちろん。それまで90枚弱しか原稿描いた経験がなかったですから。でも滅多に無いチャンスなのはわかっていたので、掴んで放すまいと思った。そうして出来上がったのが『キリコ』です。色々な方の手を借りて、どうにか完結させることができましたが、作家としてのタフさが自分に足りない事も痛感しました。鍛えられました。
漫画を選んで良かったと思うことは?
映画の場合、アイデアを思いついてから一本のシナリオになるまで、大勢の人間の意見を反映しなきゃならないし、時間だって何年もかかる。漫画は紙とペンがあれば、自分のやりたい事を十分に表現できるし、何より凄くスピーディなメディアです。せっかちな自分にふさわしい仕事だと思ってます。『キリコ』にしても、その後の原案物にしても、映画のために描いていたシナリオやプロットが生かせてますしね。
辛かったことは…?
辛い、というのとは違うけれど、キャラクターのちょっとした感情の機微を表現するのに苦労しました。例えば、激しいアクションシーンの展開などはパッと描ける。でも、食事しながら家族が会話してるようなちょっとした『日常』を描くのが、自分はすごくヘタなんです。だから『凄い』とは言われても『共感した、泣けた』と言われたことはあまりなかった。無意識のうちに人間味の部分を排除するような描き方をしてたんですね。ベタな感情を隠して気取るクセがあったわけです。そこが読者が一番共感してくれる部分なのに。気付いた時はすごく焦った。だから、裸の自分をさらすように描くことが、今の自分のテーマなんです。
漫画を描くときに気を付けていることは…?。
コマの中の情報量です。一コマの中で最低でも2つのコトはしよう、ということ。もう一つはリズム。コマ間の余白に想像力を働かせてジャンプをかける。いかに読者にタルさを感じさせず物語の中に引き込むか、常にそれを考えています。たとえ靜かな物語でも、見えない部分にドライブ感とダイナミズムをしっかり埋め込みたい。今の子供達はゲームなんかで凄いスピード感とクオリティーに目が慣れているので、延髄にズバッと差し込むような、こんな表現をされたら「ちょっとよく解らないけど見てしまう」というこらいの、読み手を引きずり込むエネルギーがないとダメなんじゃないかなと思います。
これからの漫画界について思うことは?
描き手になって思ったのは、今現在の空気にシンクロして描かれている作品がほとんど無くて、いつかどこかで成立した作品のバリエーションが多いな、ということ。逆にエッセンスを掴むのが難しい世の中になっているのかもしれませんが、私はやるならそのあたりを攻めてみたいと考えています。また今の漫画雑誌の購買層は30代がメインだと思うのですが、20年後のことを考えると、老人のための老人漫画社会が来そうでコワイですね。小学生から高校生までの世代に切実に訴えかける作品があんまり無いように思います。もしそういう作品が出てくれば、必ず大人も読むはず。だから、自分も含めて作家と出版社は『今』の空気によく目と耳を澄ませなきゃいけないな、と考えてます。
『今』を掴んでる作品は、必ず見た事がない物になると思うんです。『何だこれは!?』というモノが自分自身読みたいし、そういう作品を一つでも創れればいいなと思います。
最後に漫画家を目指す読者へ一言アドバイスをお願いします!
漫画を描こうと思ったら、一度漫画を離れることをお薦めします。どっかそこらへ、見た事が無いものを探しに行って下さい。
ありがとうございました。お友達の漫画家さんをご紹介下さい。
日本橋ヨヲコ先生を紹介します。現在小学館の『IKKI』で、漫画家を目指す高校生の物語を連載されてます。作品も人も、熱くて繊細ですよ。