松田洋子先生は三宅乱丈先生からのご紹介です

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お生まれは…?
大阪です。でも、五歳の時に親が事業に失敗したんで、広島に引っ越してきたんです。それから、十八になった時に東京に出て来てしばらくフラフラしてたんですけど、二十歳で結婚しました。で、十年くらい専業主婦してたんですけど、離婚してしまったんですよ。それで、高卒だし運転免許は無いし、体も弱くてアトピーだし、どうやって生きていこうと思った時に、“じゃあ、小さい時からマンガが好きだったから、マンガ家になろう”と思い立ったんです。
少女時代はどんな子供だったのですか?
ろくでなしなくらいマンガが好きでしたね。とにかく手当たり次第読んでいたという感じですが、どちらかというと少年マンガの方をよく読んでました。
三十過ぎてからのデビューは大変だったのでは?
そうですね。よく子供時代に私を含めて将来マンガ家になりたいっていう子は周りに何人もいたんですけど、マンガ描く作業ってものすごくめんどくさいじゃないですか。だから、自分にはとてもできないだろうなと思ってたんです。でも、離婚して自活しなければとなると、さすがに“背水の陣”、何がなんでもやるしかない……って必死になったんです。その甲斐あってか、マンガ家をめざしてから四ヶ月でデビューすることができました。
持ち込みとかされたんですか?
はい、講談社の「モーニング」に持ち込みました。自分としては、ド素人だしそんなすぐに賞がとれるなんて思わないし、一年位は持ち込み行かないとダメだろうなと覚悟していたんです。おまけに、三十になって初めて投稿なんて言ったら編集の人に“ばーか、田舎帰れ”とか言われそうだし、だから歳は三つほどごまかしましたよ(笑)。案の定、作品見て“なに、これ”って顔をしたんで、“10点満点で何点ぐらいでしょう?”と聞いたら“5点かな〜”って言われました。こりゃダメかなと思いましたよ。結局編集の人から“他社に持って行けば…”って言われたんですけど、“モーニングが好きなんで、宜しくお願いします”って原稿を置いてきちゃったんです。そうしたらなんと、一週間後に“大賞になりました”という連絡をいただいて……驚きました。
運が良いですね。
大賞なんて信じられませんよ。自分でも本当に運が良いなと思います。審査の時に私の作品がたまたま、ちばてつや先生の目にとまったみたいなんですよ。だから、ちば先生にはすごく感謝しているんです。今でもお会いしてお礼を言いたい気持ちでいます。
マンガの勉強は大変だったのでは?
ド素人ですからね。もう必死です。いろんなマンガ家さんの作品をマネして描いたりとかしてました。学生のときはノートに落書き程度のことしか描いた事がなく、ペンなんて持ったこともなかったですしね。……だけど、出戻りで田舎に帰っても仕事は無いし、近所の目は気になるしで、とても帰れる状態ではないですから頑張りました。
ご両親は心配したのでは……
今でも心配してますね。“そろそろ田舎に帰ってこい”って言われるかも……。三十で離婚して“これからはマンガを描いて生活する”って言った時は、「おまえは、バカか」って言われました。自分でも無茶な事をやるなって思ったんですけど、四ヶ月でデビューしてしまったんで、親はいつまでもブーブー言うヒマがなかったみたいで、デビューできた時は喜んでくれましたよ。
「モーニング」を選んだ理由は?
年齢的に「モーニング」みたいな青年誌の方がいいと思って。それに、「モーニング」は他の青年誌に比べてわりと間口が広いというイメージがあったんですよ。海外のマンガを載せてみたり、実験作があったりとかしてたんで、自分に合っているような感じだったんです。……それで、編集者に“賞をとった作品の続編を描け”ってことになったんですけど、どんどん描けるわけがないので、とりあえず、3、4本たまったら載せるってことにした不定期掲載をしてました。その後、他社からも仕事が来たり、単行本もすぐに出たんでラッキーでしたね。
好きな作家とかいますか?
小学校の時に最初に弟子になりたいと思ったのは諸星大二郎さんでした。高野文子さんの作品にも影響されてますね。アイデアの切り口、構図の取り方、表現の素晴らしさが勉強になります。私の漫画では全く活かされてませんが……少女マンガでは、子供の頃は怪奇っぽいものが好きだったんで、わたなべまさこさんとか、高階良子さんとかの作品は好きでした。ギャグは土田よしこさんが好きだったし、くらもちふさこさんの作品も大好きです。
「モーニング」以外ではどんなものを描いていたんですか?
雑誌「SPA!」で時事ネタ漫画を描いてました。ただ、時事ネタだと資料を集めるのが大変なんですよね。絶えずTVや新聞、ネット、図書館とかで情報を集めなくちゃいけないし、似顔絵を描くのにいろんな角度から撮った写真も必要になってくるんで、これを見つけるのがなかなか大変でした。しかも、週間連載だったんで、しんどくて一年半くらいでやめちゃったんです。描きたいなと思っても内容によっては表現が制限され、それがめんどくさいということもあったんですけどね。それに、変な言い方ですけど、自分にとっては時事ネタ漫画は、ちょこっと描いたら載ってしまう便利な仕事なんで、“これじゃ進歩しない”と思っていたのもあるんです。ただ、似顔絵はデビューしてから初めて描くようになったんですけど、“上手いよ”って言ってくださる人がいて、その気になって自分もいろんな顔を描くのが楽しかったんで勉強になったと思います。
漫画を描くうえで苦手なのは?
メカとか建物とか、無機物的なモノが苦手ですね。背景も弱いんですけど……でも、ちゃんとしたストーリー漫画を描くには必要なんで頑張らないといけませんね。
作品を描くときに気をつけていることはどのようなことですか?
「解りやすく、面白く」が基本なんですけど、なんかやっぱり、作家は何万人、何百万人っていう人たちに向けて描いているんでしょうけど、自分ではその感じがわからないじゃないですか。だから、私は友達三人ぐらいにウケることを考えて描いているんです。もちろん、自分が“この人はセンスがあって信頼できる”の友達なんですけど、この人たちが“面白い”と言ってくれるのを描こうと思っています。……また、今描いているのは、毎回ある種のプロモーションみたいなものだから、それを見て次の仕事が来るって意識でやらないと仕事が途絶えてしまいますよね。
マンガ家になって良かったことは?
いろんなマンガ家さんと知り合えたのはよかったですね。今まで主婦で学生の時の友達も主婦なんで、世界が広がったっていうのもあるんですけど、面白いモノを描く人って、本人も面白いし、ホントにマンガ好きなんですよね。だから刺激になります。
今後描いてみたいものは?
いろいろ描いてきましたけど、やっぱり一番描きたいのはドラマ性のあるモノですかね……涙あり、笑いありっていうものをやってみたいです。
漫画家志望の読者へ一言アドバイスをお願いします!
時流や編集者や雑誌の体制などはコロコロと変わるので、漫画道に乗れるかどうかは運次第。「宝クジを当てるコツは買い続ける事」と同じで、描き続けるのがコツのようです。
ありがとうございました。お友達の漫画家さんをご紹介下さい。
“女が描きたい&女にもてたい”で漫画家になった、男前の漫画家・安田弘之に「女と漫画」を語ってもらいたい。
人生、山あり。山だらけ。
負け負けのマンガ家・松田洋子が勝ち勝ち山の頂点を目指して登り始めた!
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