2007年12月号/奈央晃徳先生
今月は恵広史先生のご紹介で、奈央晃徳先生を訪問しました。
ファンタジーアース・ゼロ
(オンラインゲーム)
気になるマンガや作家
ゼブラの丸ペン
▼ご出身は…?
千葉県山武郡の大網白里町です。▼たくさん漫画を読む子だった?
近所に従兄弟のお兄ちゃんがいまして、いつもたくさんの漫画雑誌を貸してくれたので、一緒になって読んでいました。▼漫画は描いていた?
漫画というよりはイラストのようなもの程度で、普段はもっぱら読み手でしたね。小さい頃はゲームに入れ込んで遊んでいたので、漫画はあくまでもゲームの次に楽しむものという位置づけだったかもしれません。▼漫画の道に入るとは思ってもいなかった?
そうです。とにかくゲームのほうが好きだったということもあって、大学も情報通信工学部でしたし、将来はゲーム会社に就職して、プログラミングとかCGデザイナーのような仕事につきたいと思っていたんですよ。▼とすると転機があるわけですね?
大学在学中に友人から漫画同人誌作りを手伝ってくれと言われまして、その時に同人誌作りに携わったのが、漫画らしいことをした最初になります。ところがいざ作ってみたら面白いなって思ったんです。それから今度は1人で作ってみようと思い、2ー3冊作ってコミケに参加したんですよ。そしたら、たまたま講談社の編集部の人に声をかけていただいて…それがこの漫画の世界へ本格的に入るきっかけになったのです。▼そこから一心に漫画道へ?
実を言うと、正直、最初は恐れ多くて…商業誌とでは温度差も違うし…ちょっとこれは敷居が高いなと怖気づいていたんです。でもせっかく声をかけていただいたことだし、この際に“やるしかない、指導してもらおうか”ということでお願いしたんです。そういう意味ではチャンスに乗っかったって感じですね。▼そこから本格的に描き始めたのですね?
はい、一から教えてもらいました。戸惑いましたけれども楽しいんです。指導を受けていると次第に、もしかしたら自分にあっている職業なのでは…と思うようになって、大学を辞めて漫画界に入った方が将来的には良いのでは…と思い、両親にそのことを伝えたら、「大学だけはとりあず卒業してくれ」と言われまして、学業と漫画と二足のわらじを履きながら生活をしていました。▼漫画はすべて独学で?
そうです。在学中でしたし、担当さんとは月に1回ネームを送りながら、マガジンスペシャルで賞を狙っていこうと目標を立てて描いていくくらいが限界でしたので、独学でやる以外仕方がなかったんです。でもやはり独学では上達しないんですよ。“これではプロにはなれない”と思い、一大決心して親に「大学を卒業してから2年好きなことをやらせてくれ。それで芽が出なかったら、ちゃんと就職するから」と親を説得したんです。そして担当さんにアシスタント先を紹介していただけないかとお願いしたのです。まさに背水の陣で漫画を勉強していくと誓ったんです。結局、アシスタントは(※注1)朝基まさし先生、(※注2)小林尽先生にお世話になりました。▼独学との違いはどうでした?
それは、もう全然違いましたね。アシスタント初日に朝基先生から「ジンギスカンを描いてくれる?しかも、うまそうに調理してある状態の場面をね」と言われて、そんな物、食べたことも描いたこともないわけですから、本当に小さな1コマだけなのに、半日くらいかかってしまって…出来上がりを先生に見せたら、「まっ、いっか」ってさらりと言われて、自分の不甲斐なさを痛感しました。その当時は月に1.2回程度しかお声がかからなかったので、私には漫画家は無理なんじゃないかって、ショックを受けましたね。▼朝基先生から学んだことは?
やっぱり絵。絵を比べると一目瞭然でヘタなんですよね。漫画に於いては絵は大事な要素だと思っていたので、先生の絵のうまさや、場面場面での構図のとり方、魅力的な絵の描き方を学んだ気がします。…先生や先輩の描き方などを盗みながら実際に描いて覚えていきました。その成果が出たらしく、手伝いがその後に、週に2回くらいになった時には嬉しかったですよ。努力すれば報いられるんですね、内容が濃い1年でした。
▼その後新人賞をとるわけですが、どうやって連載獲得を?
朝基先生の所にいながら連載を狙っていたので、担当さんと打ち合わせをしていた時に相談したら、「週刊連載用のネームを会議に出し続けるか、週刊少年マガジンで今度始まる漫画の作画のコンペにでるか、マガジンスペシャルで『サイコバスターズ』という小説を漫画にする企画があり、それの作画コンペに出るか、三つの道がある」と言われたんです。…そのことを朝基先生に相談してみたら、「マガジンはライバルが多いから、週刊連載取りに行ってもいつになるか分らない。だったら、マガスペで、連載狙ったら?とにかく連載すること自体価値があるのだから」と薦められ、師匠の言うことなら間違いないと思い、マガスペのコンペに応募して選ばれたんです。良い結果が出たので安心しました。漫画家になってしまえば、両親との公約も守れ面目も立てましたしね。
▼作画で気をつけていることは?
青樹先生原作の漫画は、主として(※注3)綾峰欄人先生が描かれることが多いので、今回私が漫画にするにあたって、絵柄も綾峰先生とは違うから、原作に忠実に描くか、または原作を基に自分なりに解釈して漫画としての面白さを追求して描いていくかと迷ったのです。青樹先生に相談したら、自分の意志で変えていいと言われたので、たえず物語に登場するキャラデザインや背景などに気を配ると同時に、それに対しての読者の反応や反感をどうするかを考慮するようにしています。やはり読むのは少年たちですから、子どもの視点で少年漫画の王道を貫くように描きたいんですよ。次回はどんな内容なんだと子どもたちが待ち焦がれるようなストーリー展開作りが出来れば最高ですね。
▼漫画家を目指す人にメッセージをお願いします。
昔描いた絵が恥ずかしいと思うのは成長している証拠だと思います。もっともっと恥ずかしい絵を作っていって下さい。▼次の先生を紹介してください。
朝基まさし門下の兄弟子、現在各誌で連載をされている、亜桜まる先生を紹介いたします。※注1)8月号のインタビューを参照してください。
※注2)主な作品にSchool Rumble など。
※注3)主な作品にGet Backers など。






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